私は義父から植木屋を継いで二十数年になります。
私は、庭というものは、季節を感じ、風を感じ、心に安らぎと癒しをもたらす空間だと考えております。
私は、家屋と庭、敷地全体のバランスを考え、草木を選び、より美しい庭を創る事で、一枚の絵画を見ているような庭に仕上がるように心がけています。
造園の歴史、文化は平安時代から培われ、磨かれ、庭木剪定という技術につながり、世界に類をみない日本独特の技術へと昇華しました。松の葉を一本一本抜いて、観賞用の木に仕立てたり、もみじの枝を抜いて、涼しげに見せるように木を仕立てていくような文化を持つ国は世界で日本だけです。
だから、私は、日本人であること、植木造園業に携わっていることに誇りを持っています。
昔の家は、大工さんと、植木屋さん、二人の職人さんで家を作っていました。そして、植木屋さんは家の作りをみて、その家にあった樹を選び、配置し、家屋とのバランスを考えて、庭を創り上げました。
「家庭」という言葉があります。
「家」を造り、「庭」を造ることで、家庭というものが成り立っていたのではないしょうか。現代は、「家庭」というのは家屋が中心となって考えられている傾向が強く、庭は軽視される傾向があります。
家屋で家屋が中心となるのは必然かとは思いますが、庭に重心を置く心の余裕が必要だと思います。
庭の本来の役目は日陰を作り上げ、風を呼びいれ、見るものに安らぎと癒しを与えることでした。
狭い庭でも、坪庭のように、その空間を切り取ったとき、絵画に見えるようにするだけでも、その家の品格がだいぶ変わります。
家を設計する方の中には、いくばくかの樹木の知識で庭を同時に設計する方もいらっしゃいます。そのような場合、日陰に適している草木を日向に置いたり、庭に不向きな樹をやたらに植えたり、夜露の当たらない場所に樹を植えたり、主木を隅に置いたりしています。しかし、そこに植木屋が加われば、庭の仕上がりはずいぶん変わります。
建主の方も「家」や「庭」に関して分からない箇所を任せても、バランスが取れた「家庭」が手に入れられます。
以上に私の庭に関する態度、考えを書きました。私は、先人の造園技術の知恵はやはり普遍的なものだと思います。何百年もかけて培われてきたものですから、現代の庭にも通用します。その叡智を生かし、昔のように「家」と「庭」のバランスが取れた庭を、そして、庭が潜在的に持つ力をみなさんに伝え続けていきたいと思います
植木屋くろしま代表・二代目 黒嶋 光
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